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千葉家庭裁判所 平成元年(少)2150号 決定 1989年7月21日

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

1  非行事実

少年は

第一  1 C、D、E、Fの4名と共謀のうえ、平成元年5月21日午後8時ころ東京都江東区○○×丁目×番、○○団地×号棟×階自転車置場において、J所有にかかわる自動2輪車1台(時価20万円相当)を窃取した。

2  前記C、E、Fの3名と共謀のうえ、平成元年5月24日午前零時ころ市川市○○×丁目××番×号○○ハイツ前路上において、K所有にかかわる自動2輪車1台(時価10万円相当)を窃取した。

3  前記C、D、E、F、○○某の5名と共謀のうえ、平成元年5月24日午後7時ころ東京都江東区○○×丁目×番×号××ハイツ1階駐輪場において、L所有にかかわる自動2輪車1台(時価5万円相当)を窃取した。

4  前記C、F、Eと共謀のうえ、平成元年5月27日午後5時ころ東京都江戸川区○○×丁目××番×号所在○○物販株式会社(代表者○○)○○店内において、同社所有にかかわる万能ナイフ4丁ほか2点(時価合計6,100円相当)を窃取した。

第二 業務その他正当な理由による場合でないのに、平成元年5月28日午前零時25分ころ浦安市○○×丁目××番××号先路上において刄体の長さ10.7センチメー、トルの万能ナイフ1丁を携帯した。

第三 (本件に至る経緯)

少年は本年4月ころから前記C方に止宿し、他の数名の者と中国帰国者の子弟を中心とする暴走族を結成し、名称を「○△」と名付け、Cを一応りーダーに据え、自動2輪車及び原動機付自転車に乗車し、遊びで知り合った女子高校生などを後部座席に同乗させて葛西、浦安方面を走行していた際、同じく同所付近を走行している暴走族○×及び××の構成員を知るようになった。ところで、○×及び××の両暴走族は、市川、松戸周辺を根拠地とする暴走族○○との仲が悪く、度々抗争を繰り返していたが、ついに平成元年5月27日当日、○○の構成員から××の集結地である浦安市○○×丁目××番××号○○駐車場に屯する○×・××の構成員に攻撃を仕掛ける旨の挑戦をうけたため、少年らは××の構成員から助勢を頼まれていたところ、○△の中で意見が纏まらず、結局、抗争を見るため、Cは自車を、他の者は前記窃取にかかる自動2輪車を使用し、C運転の自動2輪車にG子、D運転にはH子、E運転にはI子の各女性が後部に同乗し、F運転には少年が同乗し、Dを除く少年らは前記窃取にかかる万能ナイフを携帯し、少年は同ナイフを右腰に吊り下げて、前記駐車場に向けて出発した。少年らが同所に到着した同年5月28日午前零時すぎころには、同所に集結していた○×、××に所属している少年らは鉄パイプ、木刀等で武装した50余名の○○の構成員によって急襲されて離散し、同所は○○の構成員らによって占拠されるところとなっていた。ところで、その事実を知るよしもない少年らは、前記日時ころ、同所付近道路に到着したが、その際、同駐車場に蝟集していて角材、鉄パイプ、木刀、野球バット、物干竿などを所持していた十数名の者に取り囲まれて、誰何され、×○若しくは△○と応答したところ、女性を除く5名の者が暴行を受け、少年は眉間に頭突きを受け、後部から羽交締めにされ、腰部付近を鉄パイプで殴ぐられ、口唇付近を野球バットの根元付近で突かれるなどの暴行を受けたものの、その隙を狙い同所から逃走した。一方、現場付近にいて少年の逃走を知った数名の者は、各々前記角材、鉄パイプなどを携行し、Bにおいても鉄パイプようなものを携行し、先頭部分を走り、また、現場から離れた場所で事態を知ったAは素手で、それぞれ少年を追尾した。

(罪となる事実)

少年は逃走のすえ、浦安市○○×丁目××番先○○マンション前駐車場付近に至ったが、平成元年5月28日午前零時30分ころ、

1  前同所において、前記Aに追いつかれ、両肩を掴まれた際、前記駐車場の奥は金網で囲まれた垣根であることから、その場から脱れるためには所携のナイフを使用し、同人を突き刺して怯んだ隙に、同所から逃走しようと考え、その際、同人が場合によっては死亡することもやむをえないものと認容して、振り向きざまに右手に持った前記ナイフで同人の左側腹部を突き刺し、同人に対し加療約1箇月を要する左側腹部刺創、左腎裂傷、結腸破裂の傷害を負わせ、殺害の目的を遂げなかった

2  ついで、同時刻ころ、前同所付近において、前記Aについで少年の後方に追いつき所携の鉄パイプ様のもので少年の頭部付近を殴打した前記Bに対し、前記同様、所携の前記ナイフを使用し、同人を突き刺して怯んだ隙に、同所から逃走しようと考え、その際、同人が場合によっては死亡するもやむをえないものと認容し、振り向きざまに右手に持った前記ナイフで同人の左上腹部を突き刺し、同人に対し、心房に達する左上肺部刺切創による失血により死亡するに至らしめて殺害した

ものであるが、少年の以上の行為は、自己の身体及び自由に対する急迫不正の侵害に対し、自己の権利を防衛するためになしたもので、防衛の程度を超えたものである。

2  適条

第一  1、2、3、4の各事実 刑法235条、60条

第二の事実 銃砲刀剣類所持等取締法22条、32条

第三  1、2の事実 刑法199条、203条(ただし、第三1につき)

(附添人の主張について)

附添人は本件第三の少年の所為中、1は傷害、2は傷害致死であるとして殺意を否認し、1及び2の所為につき、いずれも正当防衛として問擬すべきであるという。

以下、順に検討する。

1  殺意について

本件殺人未遂及び殺人に使用されたナイフは「万能ナイフ」と呼ばれ、全長21.2センチメートル、刄体の長さ10.7センチメートル、刄渡り9.2センチメートル、刄幅は最大幅約3.6センチメートル、先端から3.2センチメートルの部分は約2.3センチメートル、刀背は約0.3センチメートルで先端が尖鋭な片刄器であって、少年はいずれもこれを右手で握り使用したこと、Bの死因となった上腹部左側の刺創は腹腎と腹膜並びにこれに続く横隔膜を切断して腹腔内に達し、肝臓左葉を深さ約1.5センチメートル乃至約1センチメートルに刺切して後方上に向い心嚢付着部の横隔膜を上下並びに前後約12センチメートルにわたり刺切して心嚢内に達するというもの、また、Aの腹部の刺創の部位は、左側腹部であって第9肪骨を切断する形で形成され、左側腎臓、結腸の一部を損傷しているというもので、本件ナイフをもって一突きで、かなり強い力をもって被害者の体内に刺入されたものであるとの治療医の所見であり、少年も捜査段階から、被害者らの左脇腹を力一杯突き刺した旨自供していることなど、本件凶器の形状、被害者らの創傷の部位、程度、少年の攻撃の態様などに徴してみるに、鋭利なナイフを使用して被害者を攻撃するに際し、殊更、手心を加えたということもなく、胸、腹などの身体の枢要部への攻撃を避けた形跡の認められない本件のごときは、まさしく被害者の死の結果を認容して行動に及んだものと認められる。

もっとも、少年は審判廷において、附添人の主張に沿い、ナイフを突き出したことはなく、やや下方に向けて握っていたに過ぎない旨供述するけれども、少年は捜査段階において終始ナイフを突き出した旨述べ、犯行後、同趣旨のことを聞いた旨の関係人の供述調書の記載内容を併せ考えると、少年の審判廷の供述は到底措信できない。そうであれば本件においては未必的殺意は優に認められるから、附添人主張のように傷害若しくは傷害致死罪で問擬すべき事犯ではない。

2  正当防衛の成否について

附添人は、少年の本件第三の各所為は、被害者を含むグループの十数名の者が、少年に対し執拗な暴行を加え、更にその生命にまで危害を加えようとしたため、自己の生命、身体を防衛するため已むを得ずしてなしたものであるから、正当防衛が成立するというのである。

(1)  先ず、急迫不正の侵害の存否について考えてみるに、記録から認められるように、少年は前記場所でいきなり被害者らによって、一方的に、執拗な暴行を受け危険を避けるためその場から逃走する少年を、更に、暴行を加えるため鉄パイプ角材などを携行して追い掛ける被害者らの行為は、まさしく、主張するとおり少年の身体及び自由に対する急迫不正の侵害である、というべきである。

(2)  防衛の意思の有無についてみるに、記録から窺えるように、少年が被害者らを刺突したのは、執拗な暴行に恐れを感じた少年が、このような執拗な暴行を一時排除して、被害者が怯んだ隙に現場から逃走しようとする意図でなしたものと認められるから、その意思も優に認められ、附添人の主張も理由がある。

(3)  防衛行為が已むを得ざるに出た行為であるかどうかについて検討してみるに、記録から窺えるように、少年が前記のように被害者らから執拗ともいえる暴行を受け、そのため少年が恐怖、興奮などの混乱した心理状況の中で、逃走したものであることは認められるが、少年は捜査段階以来、このことに関して、殴られたり、蹴られたりして恐ろしかったけれども、生命までは奪われる不安はなかった旨述べており、このことは当庁の調査官にも同趣旨のことを述べていること、更には弁護士である附添人が4名も選任され、度々、少年と接見したのちにも、その供述内容を変えることがなかったことなどに徴すると、この段階では少年の生命に対する急迫の侵害が存在したとまでは到底考え難く、ただ、少年の身体及び自由に対する侵害が認められるに過ぎないというべきである。そうであれば、上記状況下にある少年としては、逃走経路にある営業中の弁当屋及び周辺の住民に救助を求めるか、大声を出してナイフの存在をちらつかせ、あるいは、振り回して威嚇するとか、万一、ナイフを使用しても、身体の枢要部以外の部位を対象とするなど相手方の攻撃を一時頓挫せしめる方法をとるべきであるのに、事ここに出でず、本件のように二名を刺突し、一名死亡、一名重傷の結果を負わせたというが如き行為の態様、結果の重大性等に徴すれば、少年の本件所為は、前後を通じて全体としてみれば、社会通念上、防衛行為として、已むを得ないといえる範囲を逸脱して、防衛の程度を超えたものと認めざるを得ない。

なお、附添人はAは木刀をもって少年を追尾した旨、種々の理由を挙げて述べるけれども、Aは身長170センチメートル、胸囲105センチメートルの筋肉トレーニングで鍛えた屈強な青年であり、身長163センチメートルの普通の体躯の少年を捕捉するには、殊更、凶器は必要でなかったと考えられ、かつ、Aは証人として当審判廷でも、被害にあった際には凶器は持たず素手であった旨証言していることによっても、同人が被害にあった際に素手であったことが認められる。

3  処遇の理由<省略>

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